スタッフブログ
サッカーW杯が始まりましたね
「世界の隅っこでサッカー愛を叫ぶ」
4年に1度だけ、サッカー愛を書かせてください
高校時代はサッカー部でした
こんにちは、叶です。
実は私、高校時代はサッカー部でした。
50m走はサッカー部で一番という俊足ぶりでしたが、
中学時代は野球部で、高校からサッカーを始めたこともあり、
技術的には弱小サッカー部の中でも下の方で……。
はい、しっかり補欠でした。
そんな私ですが、今でもサッカー愛はかなり強いです。
不動産会社のホームページ内のブログということは承知していますが、
4年に1度だけ、サッカーについて書かせてください。
今回の投稿では、サッカーに興味が無い方を完全に置いていくかもしれませんが、
4年に1度だけはサッカー愛を爆発させて頂きます。
そう、2026年。
4年に1度のサッカーの祭典「ワールドカップ(以下、W杯)」がとうとう始まりました。
「これは2010年の南アフリカW杯の次の年に起こった」
「あれは2014年のブラジルW杯の年だった」
というように、
私は世の中のあらゆる出来事を、W杯を基準に記憶しています。
初めて見たW杯と、サッカーにハマったきっかけ
1993年にJリーグが開幕し、
当時、野球部員だった私もテレビでサッカーを目にする機会が増えてきました。
私が初めてW杯を見たのは、1994年のアメリカW杯でした。
なんとなくテレビを見ていたら、
「アルゼンチン対ギリシャ」という
渋いカードが放送されていました。
画面には、世界最高の選手と名高いマラドーナが映っていました。
それまでサッカーにあまり興味が無かった私は、
その瞬間、いろいろなことを把握しました。
1つ、マラドーナはアルゼンチン人だったこと。
1つ、マラドーナは背は低いが、異常に胸板が厚く、体がゴツゴツしていること。
1つ、マラドナーは、そこまで足が速いわけではないが、瞬間的なスピードと体のバネが優れていること。
1つ、「マッケンロー」と「マラドーナ」のどちらかがサッカー選手だと思っていたのですが、サッカー選手は「マラドーナ」だったこと。
※後に「ジョン・マッケンロー」が世界的なテニス選手だったと知ります。

素人目に見ても、
敵も味方もマラドーナをずっと意識していることが分かりました。
ずっと警戒されている中で活躍している姿に、
マラドーナの凄みを感じました。
そこから急にサッカーに興味を持った私は、
W杯の他の試合も見るようになりました。
イタリア、ブラジル、ドイツ、オランダ……。
野球部員だった私が見ても、
当時のJリーグとはレベルが違うことは一目瞭然でした。
スピード感、ダイナミックさ、熱狂。
W杯開催期間の1ヶ月間で、すっかりサッカーにハマってしまいました。
そして、日本が1年前(1993年)に
惜しくもW杯出場を逃したこと、
「ドーハの悲劇」と呼ばれていることも知りました。
欧州リーグとバルセロナへの思い
その後、BSでたまたまスペインリーグの試合を見ました。
そこで、日本以外の国にも「Jリーグ」のようなリーグがあることを理解しました。
プロ野球好きだった私としては、
セ・リーグ、パ・リーグのように
国内で2つのリーグに分かれていないことに、最初は違和感がありました。
1部・2部・3部という上下の階層があり、
テレビで目にするのは主に1部リーグであることも次第に分かり、
サッカー界はそういう構造なのだと理解することにしました。
BSのスペインリーグでは、
「レアルマドリード」と「バルセロナ」という上位2チームの試合が
多めに放送されていたこともあり、
いつの間にか私は「バルセロナ」というチームの大ファンになっていました。

中でも、当時4番を付けていたジョゼップ・グァルディオーラという選手、
23番を付けていたイヴァン・デ・ラ・ペーニャという選手がお気に入りでした。
以降、社会人になってからフットサルをする機会などでは、
私は真っ先に4番を選んでいます。
後にグァルディオーラは、古巣バルセロナの監督になり、
いつの間にか「ペップ」という愛称で呼ばれることが多くなりました。
その後、ドイツのバイエルン・ミュンヘン、
イングランドのマンチェスター・シティの監督を歴任し、
各国のリーグで優勝監督となり、
名将の仲間入りをすることになります。

また、デ・ラ・ペーニャは、
日本代表で人気選手だった中村俊輔が
スペインリーグに挑戦した際、
エスパニョールというチームでチームメートになります。
バルセロナの良い時も、悪い時も、
私はずっとファンとして陰ながら応援を続けてきました。
歴代の所属選手や監督、
対戦相手の選手や監督が、
世界各国の代表選手に選出されたり、代表監督になったり、
W杯に出場したり、落選したり、
W杯後にチームを移籍したり……。
サッカー界のいろいろな出来事は、
各国で毎年行われるリーグ戦、
4年に1度開催されるW杯、
というサイクルで進んでいくことをバルセロナを通して
理解することができました。
4年に1度、日本サッカーの現在地を確認する
サッカーに触れるうちに、歴史を遡る機会も多くなりました。
私の中では、1974年のW杯あたりから
現在までの流れが、だいたい頭に入っています。
そのため、ルールの変遷、戦術のトレンド、
個々の技術などの傾向を確認できるのが、
4年に1度のW杯だと感じています。
W杯は、本当の意味で“真剣勝負”が見られる数少ない機会です。
だからこそ、いつも胸が熱くなります。
また、4年に1度、日本サッカーの“現在地”を確認できる機会として、
できる限りリアルタイムで集中して視聴したいと思っています。
1994年以降、私はW杯をリアルタイムで見てきました。
Jリーグ、日本サッカー、そしてバルセロナの歩みを、
陰ながら追ってきました。
日本サッカーは継続して成長し続け、
世界の中で年々位置を上げていることを感じています。
間違いなく日本サッカーは成長しています。
10代の選手も順調に育っているので、
今後10年以上は成長が続くのではないかと思っています。
選手たちは「優勝を目指している」と公言しています。
観ている私としては、結果は問わないので、
今の“ベスト”を見せてほしいと思っています。
まだまだ書き足りないことはたくさんありますが、
続きは4年後に書ければと思っております。
皆さんもぜひ、テレビの前で日本代表を応援してください。

※この記事は、日本の初戦6/15以前に作成したものです
